EDUCATION

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多様な可能性を伸ばし育てる

子どもたちとプログラミングの、10年間。 大学から街へ出た、創造と学びの教室。 

2013年、公立はこだて未来大学の原田 泰(やすし)教授の研究室と、函館市青年センターとの共催でスタートした「小学生のためのプログラミング教室」――。以降、名称や運営体制、会場などにも変遷を伴いつつ、2023年の現在もなお続くロングランのワークショップ型スクールだ。 

情報デザインという分野を専門とする原田先生は、昨今世の中に広がるプログラミング教育に対し、「プログラミングは何かを創り出すための手段であって、目的ではないよ」と警鐘を鳴らしながら、活動してきた。子どもたちがただパソコンにかじりつくだけでなく、パソコンをなぜ使うのか、使いたいのか、創造への欲求を掘り起こし、頭も身体も使い、周りの仲間と触発しあう、そんな学習環境を整えて、「表現する」ことの大切さを伝え続けてきた。 

2020年には、小学校でのプログラミング教育が必修化された。その7年も前から研究室の学生と共に子どもたちと向き合って、あるべき教室のかたちを走りながら探究してきた。7年間で開催した教室の回数は、のべ60回を超える。その後も、函館のみならず道南の市町村に赴き、過疎地の学校でも教えてきた。研究と教育の実践として、またワークショップデザインの実践としての、10年間の厚みのある取り組みを振り返る。 

2013年、プログラミング教室始動。身体を動かす意外な展開に、子どもたちは驚き夢中!  

自分の写真をアニメーションにしていく過程を説明する原田先生 

原田先生のプログラミング教室では、プログラミングは創造的な表現活動をするための手段。「自ら工夫して表現することの楽しさを知り、プログラミングで表現の幅を広げていくこと」が目的とされる。教室を見学すると、その違いは一目瞭然。ただパソコン画面とにらめっこするのでなく、生き生きと手や身体を動かし、他の子どもたちと一緒に活動するなど、アクティブで自由な雰囲気が特徴的だ。 

最初のワークショップは、2013年5月3日、函館市青年センターで開催された。「プログラムでアニメーション〜こどものためのプログラミング入門」と題し、自分自身を素材にしたアニメーション作成に取り組む、実践的なワークショップだ。 

作業は、まず会場の一角で自分自身の身体の動きを撮影するところからスタート。「え、プログラミング教室なのに、パソコンはまだ触らないの? ポーズを取って撮影するの?」と、これには子どもたちもびっくり。 

そうして身体を動かしながら、自分たちがモデルとなった写真素材をパソコンに取り込み、Scratch(スクラッチ)というプログラミング言語を使ってアニメ作品に仕立てていく。学生スタッフのお兄さんお姉さんに、手取り足取り基礎を教わり、基礎がわかったら今度はそれを自分なりに応用してみる。歩かせてみる、回転させてみる、「こんにちは」と言わせる、など、好きな動作を考えながら、プログラムを組み合わせて、あ、動いた! アニメーションができた!とみんなワイワイとうれしそう。一緒に来た保護者の方々も興味津々のようすだ。 

まず思い思いのポーズで写真撮影
保護者の方も興味津々

原田先生のワークショップは、モノを仕上げるところまで含めて半日がかりの大仕事。子どもたち、疲れないかな? 飽きないかな? という心配をよそに、4時間という長丁場のワークショップも、一つひとつの作業に夢中になって取り組むうちに、あっという間に過ぎていく。 

最後に全員の作品発表を終えてもなお会場にとどまり、原田研究室の学生スタッフのお兄さんお姉さんたちと立ち話をしたり、なごりおしげにパソコンを触ったりしている子どもたちの姿が印象的だった。(よほど楽しかったんだろうなぁ。) 

夢中でプログラミングを覚えていく
最後はそれぞれの制作物の発表会、楽しそうだ!

2016年からは函館市が主催として参画。みんなが気軽に参加できる教室をめざして―― 

初回のワークショップをベースとしながら、2015年までの3年間、青年センターで全9回を開催した。以降、少しずつ形を変え、主催や運営方式も変遷しながら回数を重ねてきた(文末の年表参照)。 

青年センターでの自主事業の活動を熱心に見学し、2015年に「一緒にやりたい」と声をかけてきたのが、函館市経済部のIT振興担当の職員たちだった。当時、函館市では、「函館をITの街に」をスローガンに掲げて、IT企業誘致や、IT系人材のUIJターンに力を入れ始めていた。その中で、函館の未来を担う世代への啓発・教育も、経済部の活動の一環として視野に入れられていた。 

2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されることが決まっていたが、学校も保護者の方々も内容がよくわからず不安になっているようだった。2020年に向けて、函館でも民間のプログラミングスクールが徐々に増えてくるだろうと予想されていた。 

「当時、経済部ではIT担当を中心に、スクールに通える子、通えない子で格差が開かないようにしたいね、広く地域の子どもたちが気軽に通えるような事業が必要なんじゃないかと議論されていました」(函館市経済部工業振興課・長濱未亜主査) 

まず2016年度は、従来の青年センター主催の教室に、函館市が共催で参画し、「函館市未来のIT人材育成推進事業」として全5回を開催。そして翌2017年度からは、青年センターとは別に、函館市の独自事業として新たに予算化、年間10〜12回と拡大して、2019年度までの3年間、開催を続けた。募集対象は小学校4年〜中高生までと広げた。 

函館市プログラミング教室(Gスクエア、2017) 

すべてを引き受けた原田先生と研究室の学生たちにとって、2017年からの3年間は怒涛の日々となった。従来の青年センターの教室に加えて、函館市主催の教室が30名定員×年間10〜12回となり、のべ900名以上の生徒を教えた計算になる。しかし、「デザインは現場でなされる」がモットーの原田先生にとって、この経験は、「教育をデザインする」のにもってこいの機会だった。 

修士課程や博士課程の大学院生たちは、テーマや手法に工夫をこらし、オリジナル教材を開発して現場で実践に供し、効果や課題を検証した。青年センターの教室では、中上級者向けの変数を使ったブロック崩しや、大学院生が考案したブロック型のコンピュータを用いたパソコンを使わないワークショップ、さらには「スクラッチ劇場で大喜利!」と題して、自分たちでプログラミングした作品をプロジェクタで大型スクリーンに映し出し、その動きに合わせて自分たちの身体を動かして演技し、落ちもちゃんと用意するという回も…。頭だけでなく身体を使って、デジタルの世界とリアルの世界を繋げて表現するという教育手法が、みごとに実践の中でデザインされていった。 

大学院生が開発したブロック型コンピュータの教材を使って、制作に取り組む(2017年8月、青年センター) 

また2019年の函館市の教室では、毎回「そろう」「とぶ」「なげる」など、様々なテーマで作品制作に取り組んだ。ひとりパソコンと向き合うだけでなく、学年の違う者同士、プログラミング経験のある者ない者同士、周りの仲間と声をかけ合ったり、教え合ったりするように促した。やりっぱなしではなく、教室の最後には必ず「振り返りシート」に、やったこと学んだことを反芻して記入するなど、学びの過程がきっちりとデザインされた。 

こうした活動で得られた知見は研究に生かされ、国内・海外の数々の学会、国際会議での成果発表や、専門家向けのワークショップへと結実した。 

函館市プログラミング教室(2019)
函館市プログラミング教室(2017)
スクラッチ国際会議(ブタペスト、2017)でデモ演示する原田先生(右)と大学院生 

時代とともに、異なるフェーズへ。 
原田先生の思いを継いだ、新たな教室がスタート。 

振り返りノートを付ける受講生たち

2020年にプログラミング教育が小学校で義務化されるのに伴い、函館市プログラミング教室も当初の役割を終えていった。2020〜21年は、函館市のプログラミング教室は継続されたが、運営は原田先生から民間の事業者へと引き継がれた。原田先生は、当初からの青年センターの教室は継続しつつ、道南の公共施設や小学校でも教育支援を行なっている。 

原田先生のワークショップのように、身体を使ったパフォーマンスを取り入れたり、デザインや創作のためにプログラミングを学んだりするような教室は、世の中では希少な存在だ。しかし、これから例えば、人工知能がプログラミングを書いてくれるような時代がやってくるとしたら、私たち人間に必要なことは、やはりただプログラミング言語が書けることではない。「何を」「何のために」プログラミングしたいのか――問題解決の目的や、表現の欲求が先になければ、新しいことは何も生まれてこない。 

原田先生の思いを継いで、函館市ではこれまでのプログラミング教室に代えて、2022年度からロボットプログラミング教室をスタートさせた。パソコンの中だけで終わらない、手を動かし、モノづくりと共にプログラミングを学ぶ、新しい教室だ。全13回の中にモノづくりの現場見学などが組み込まれているのもユニーク(下の写真)。これまでの10年、そしてこれからの10年も、愉しい体験を記憶に刻んだ函館道南の子どもたちが、将来も活躍してくれることを期待したい。 

イカ釣りロボットで有名な東和電機製作所
函館工業高等専門学校

年表資料

原田先生とプログラミングワークショップの10年 

2013〜2015・函館市青年センターでプログラミングワークショップを開始(全9回開催)
「函館をITの街に」として函館市経済部にIT振興担当を配置
2016・函館市と函館市青年センターによる「函館市未来のIT人材育成推進事業」を運営(全5回)
2017・函館市からの受託事業として、Gスクエアでプログラミングワークショップを開催(全10回)
・函館市青年センターによるプログラミングワークショップを運営(全4回)
2018・函館市からの受託事業として、はこだてみらい館でプログラミングワークショップを開催(全12回)
・函館市青年センターによるプログラミングワークショップを運営(全4回) 
・教育関係者向けプログラミング教育ワークショップ開催
2019・函館市からの受託事業として、はこだてみらい館でプログラミングワークショップを開催(全12回)  
・函館市青年センターによるプログラミングワークショップを運営(全4回) 
・森町「夏のまつり」にプログラミングワークショップを出展 
・北斗市でプログラミングワークショップを開催 
・森町公民館でプログラミングワークショップを開催(はこだて未来展2020冬、会場内) 
2019〜現在・U-16プログラミングコンテスト函館大会を毎年開催、原田先生も実行委員として参加
2020〜21年、函館市のプログラミング教室は新規業者に移管して継続
2021・函館市青年センターによるプログラミングワークショップを運営(全4回)
2022年 函館市はプログラミング教室に代えて「ロボットラボラトリ事業」を始動
2022・函館市青年センターによるプログラミングワークショップを運営(全4回) 
・尾白内小学校(森町)、とうや小学校(洞爺湖町)でプログラミング教室を開催 

DONAN.city編集部  [2023年3月14日]

*取材協力・写真提供●函館市青年センター、デザインコンパス、Bラボ、函館市経済部工業振興課 

原田 泰(はらだ やすし)

(株式会社デザインコンパス 代表、公立はこだて未来大学 特命教授)
1984年筑波大学芸術専門学群卒業後、デザイナーとして凸版印刷、リクルートに勤務。その後、筑波大学芸術専門学群講師、多摩美術大学美術学部情報デザイン学科准教授、千葉工業大学工学部デザイン科学科准教授を経て、2012年公立はこだて未来大学情報アーキテクチャ学科教授。2022年より同大学特任教授、2023年より特命教授。コンテンツ開発を専門にする株式会社デザインコンパス代表。

2023.04.20

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