PEOPLE

DISCOVER DONAN PEOPLE

地域を起こし耕す人を探して

北海道の食と生産者に惚れ込み、その価値を広げ世界へ伝える「天職」に邁進する。 

大久保 彰之さん

函館ベンチャー企画企業組合 代表理事/一般財団法人 北海道食品開発流通地興 理事

カボチャの生産量が、全国で減少傾向にあるという。ズッシリと重いカボチャは、収穫や出荷が重労働で、高齢化する農家には敬遠されているのだ。この状況に抗って、道内で唯一カボチャの生産量を伸ばしている地域がある。道南の厚沢部町だ。減農薬特別栽培の「さがらマロン」をブランド化し、国内のみならず香港などアジア市場への輸出にも力を入れている。 

その背景には、農家と連携して技術支援や流通・販売支援に取り組む、若き仕掛け人の存在がある。大久保彰之さん、42歳。公立はこだて未来大学在学中に起業。道南を中心に広く北海道の観光や食のブランド推進、調査コンサルタント業務、食材開発・販売など、いわゆる食の6次化といわれる分野を幅広く手がけてきた。 

千葉県船橋市の出身でありながら、大学卒業後も函館に根を下ろし、北海道の一次産業の発展に情熱を傾ける大久保さん。20代でベンチャーを立ち上げ、道南の食にかかわるようになった経緯、30代にはさらに北海道の食をアジア市場へ繋げていく仕事の広がりなど、一連の取り組みと仕事への思いについて話を聞いた。 

大久保 彰之

おおくぼ あきゆき

1980年千葉県船橋市生まれ。1999年3月私立國學院高校卒業。2000年4月、公立はこだて未来大学入学(1期生)。2004年3月同大学卒業。在学中に起業、2004年6月函館ベンチャー企画企業組合として法人化し代表理事に就任、現在に至る。

2013年8月一般財団法人北海道食品開発流通地興の業務に参画。2015年1月ポップコーン商品化のために北フード株式会社設立、代表取締役就任(現在は函館ベンチャー企画に統合)。2016年6月より一般財団法人北海道食品開発流通地興 理事、2021年6月より同常務理事に就任。函館市在住。

せたな町のカッコイイ生産者さんたちとの出会いが、自分の中の「農家」のイメージを良い意味でぶっ壊した。 

学生時代に前職がベンチャーキャピタルだった教員との出会いをきっかけに、学生仲間と起業し、卒業後まもなく法人化。自らの事業立ち上げと地域のベンチャー起業支援を目的に、函館ベンチャー企画企業組合を設立し、代表理事に就任した。名刺型CD-ROMを用いた会社案内の企画制作を皮切りに、函館駅前の屋台村など、観光やまちづくり系の調査事業を受託するようになる。 

会社設立6年目の2009年、北海道の檜山総合振興局から、道南・檜山地方の特産品に関する調査業務を受託したことが、食の仕事を専門とする大きな契機となった。檜山の各市町村に入って調査を進める中で、せたな町の〈やまの会〉に出会い、衝撃を受ける。 

「〈やまの会〉のメンバーの方々に出会って、自分の中にあった農家さんのイメージが、ぶっ壊されました。こんなにカッコいい人たちがいるんだと驚きました」(大久保さん) 

〈やまの会〉というのは、せたな町とその隣の今金町で、自然志向の農産、畜産、漁業などに携わっている生産者の集まりで、大久保さんが訪ねた時はまだ発足1年ほどの頃だった。ミュージシャンから有機農法の農家になった秀明ナチュラルファームの富樫一仁さん、グラスフェッド(草だけを食べて育つ)の放牧酪農でチーズを生産する村上牧場の村上健吾さん、プロスノーボーダーから転身して農家を継いだソガイハルミツさんらが、持続可能でかつ質の高い食を志向して活動していた。 

その後、〈やまの会〉は、一流シェフはじめ目の肥えた人たちからめきめきと注目を集めるようになる。生産者とシェフとのコラボレーションで一日限りのレストランを開く活動が、大久保さんが訪ねた10年後の2019年『そらのレストラン』として映画化される。映画では上の3人をそれぞれ、マキタスポーツ、大泉洋、高橋努が演じ、国内はもちろん海外でも多くの映画フェスティバルで注目される作品となった。 

映画そらのレストラン

彼らとの出会いによって、大久保さんは北海道の食の魅力、無限の可能性に気づかされ、生産者さんたちの情熱に魅せられ、それ以降、食のビジネスの世界へ深く入っていくことになる。

同時期に、檜山地方だけでなく渡島地方でも食の仕事に取り組んでいく。森町の極大粒の大豆〈たまふくら〉のブランド化や、松前町の高級マグロ出荷に海水シャーベット氷を導入した高鮮度流通など、道南の食ビジネスの最前線で活躍の場を得ていく。 

厚沢部町の農家さんと連携。道産原料にこだわった、無添加のオリジナルポップコーンを開発。 

大久保さんは、道南各地で生産者との親交を深めてきた。厚沢部町には長年にわたって足繁く通い、農産品の販路開拓や食材開発などに共同で取り組みながら、信頼関係を培ってきた。厚沢部町はジャガイモ「メークイン」の発祥の地として知られ、十勝ほどの規模はないものの、道南でも規模の大きな農家が多い。メークインを中心に、東京首都圏のレストランシェフなどにも高い人気を誇る質の良い野菜を、安定した収量で生産しているのが、厚沢部町の農産の特徴だ。

連携の大きなきっかけとなったのが、大久保さん独自のアイデアであるオリジナルポップコーンの開発だ。2010年、原材料からすべて北海道産のポップコーン作りを目指して、厚沢部町を訪ねた。爆裂種のとうもろこしを作付けしてもらえないかという相談だ。 

大久保さんの北海道への思い、周到なブランディング戦略や販売計画、農閑期を使ったとうもろこしの生産計画を聞いて、訪ねた農家さんは快諾した。 

「中心となって取り組んでくださったのが、相良(さがら)さんという農家さんです。ご自宅の隣の空いた土地で、とうもろこしの作付けを行い、積極的に協力してくださいました。その後、作付けの協力農家も増えて、街ぐるみの連携に発展しました」(大久保さん) 

厚沢部の協力農家の方々

4年間、作付けと試験開発を重ねて、2014年〈北ポップ〉の販売にこぎつける。北海道産の材料やフレーバーを使い、かつ無添加で安全安心な商品に徹底的にこだわった。厚沢部のとうもろこし、八雲町の海洋深層水、フレーバーとして北斗市のトマトとバジル、江差のイチゴ、函館の真昆布、乙部の大豆と、道南の食材を主要材料として使用。工場も道南の江差町に置いた。他にも、北見の麦芽水飴、十勝の乳製品やグラニュー糖、留寿都村のフリーズドライ工場など、北海道の資源を豆乳した、まさに北海道生まれのポップコーンとしてプロデュースされている。

五稜郭タワーで〈北ポップ〉の実演販売を行う大久保さん(右端/2016年8月) 

決して安価な商品ではないが、全国の百貨店で開催される北海道物産フェアに出展して実演販売すると、飛ぶように売れた。函館空港などで観光客向けのお土産品としても置かれるようになった。ふだんは黒子に徹している大久保さんだが、〈北ポップ〉は唯一、メーカーとして、北海道の食への思いが込められたフラッグシップ商品だ。現在は、予約注文というスタイルで生産販売を続けている。

北海道の食のブランドを、アジアの食卓へ――製品と共に、食文化、レシピ、技術を伝える。 

一般財団法人北海道食品開発流通地興ホームページ

そしてこの信頼関係が、次にカボチャの生産へと繋がっていくのだが、その背景要因として、アジア市場への大久保さんの仕事の広がりについて語っておく必要がある。 

2013年頃から大久保さんは、一般財団法人北海道食品開発流通地興(函館市)の活動へ参画するようになる。この機関は、北海道の農産物、水産物、酪農・畜産物の食の恵みをグローバルなブランドとして確立し、海外市場を開拓することを主な目的として、2012年に設立された。その活動は、大久保さんの北海道の食への思いを、さらに世界へと広げていく機会となる。 

北海道の食は、安全安心で質も味も良く、アジアの富裕層に圧倒的な人気を博してきた。昨今の日本食ブームに乗ってその人気は高まる一方だ。しかしそのわりに、北海道が得意とする生鮮食料品の海外流通は、未確立のままだった。製品がいくらよくても、それだけでは輸出は広がらない。少量多品種の高級品を混載する流通・販路の開拓、高鮮度な流通技術の開発、現地での加工や鮮度保持のための教育、食べ方やレシピの提供など、課題はいくつもある。いわば北海道ブランドを崩さぬままに、生産地からアジア各国の食卓まで届けるためのフォローが必要とされているのだ。加えて、海外進出に腰が重い生産者の方々の背中を押して、手取り足取りで進出支援していくサポートも必要とされた。 

北海道弟子屈産マンゴー試食販売風景(香港そごう)

当初は、香港や上海の日系百貨店での北海道フェア、北海道産品コーナーのプロデュースから始まり、北海道中を駆け回って参加する生産者さんを開拓し、多様な産品をコンテナに混載して、現地へ送り出す。みずからも現場に向かい、現地店員への販売指導や、店員と共に実演販売も行う。徐々に地域や国を広げ、商品や生産者のバラエティも広げながら、北海道産品の輸出市場を拡大させてきた。

2019年からは北海道の畜産品の輸出を本格化。特に食品安全規制が厳しい香港の一般市場には、北海道からの牛肉・豚肉はまったく入っていなかった。北海道食品開発流通地興と大久保さんの努力で香港でも基準をクリアし、チルド流通と特殊なパッケージ技術によって牛肉だけでなく豚肉の安定輸出を可能にした。 北海道の牛肉、豚肉、鶏肉、さらにはハム等の加工品で、2023年度は7~8億円の売り上げを見込んでいる。 

香港での食肉加工の指導風景

2020年にコロナ禍に入り、現地に行くことは難しくなったものの、すでに販路も現地との信頼関係も確立しており、安定した受注と出荷が続いている。さらに2020年11月には、中国の最大手EC、アリババグループのネット市場「天猫(Tmall)」に、「北海道食品官方旗艦店」という物産販売サイトをオープンし、道南の竹田食品やプテイ・メルヴィーユをはじめ、道内の食品メーカー約50社の商品を販売開始した。Tmall内の国家館という、世界各国から物産が集まるサイトに唯一、国ではなく一地方として出展したことから、世界中から注目を集めた。 

ネットでの宣伝活動にも力を入れ、現地の大手ニュースメディアでの宣伝広報はもちろん、日本からは「孤独のグルメ」で人気の俳優・松重豊を起用して動画を制作し配信する一方、中国ではSNSで2千万人以上のフォロアーを有するインフルエンサーと提携し、イベント出演や発信を展開した。その結果、11月から3月までの5カ月間で2億円以上(当時の換算レートで)の売り上げを達成した。 

インフルエンサーを起用しての試食デモ(2020年11月4日:上海)

厚沢部町の農家さんと再び連携、減農薬プレミアムかぼちゃの生産と輸出へ。 

そして、厚沢部町でのカボチャ生産の取り組みへと話は繋がる。中国や香港、台湾、マレーシアなどでの経験から、大久保さんはアジアに広くカボチャの需要があることに気づいていた。 

冒頭でも述べたように、国内のカボチャ生産量は右肩下がりに減少している。国内のカボチャ総生産量の50%近くは、北海道で作られている。2位の鹿児島は5%ほどにすぎない。2008年の生産量は全国約24万トン、北海道約12万トンが、2019年には全国約18万6千トン、北海道約8万8千トンと落ち込んでいる。 

一方、世界に目を向けると、日本とは逆にカボチャの生産量は右肩上がりに増えている。2000年に約1730万トンだった総生産量は、2019年には約2290万トン。世界第一位の生産国は中国で、2位以下を大きく引き離して2019年には36.4%のシェアを占める。量では到底かなわないが、圧倒的人気を誇る北海道ブランドの力で、質の良い美味しいカボチャは、中国を中心とするアジア市場に高価格で売っていける。厚沢部町と連携して輸出向けカボチャを生産していけないかと、大久保さんは考えた。 

厚沢部町の農家さんたちとは、すでに信頼関係を築いていた。ポップコーンでの協力を先導してくれた相良農園では、先代から息子の洋平さんへとバトンが渡され、大久保さんと共に若い2人を中心に、輸出向けカボチャの開発がスタートした。課題はいくつもあった。日本では大玉が好まれるが、アジアで好まれる小玉サイズの美味しいカボチャを作ること。夏野菜のカボチャをできるだけ長期間出荷するために、温度や湿度などの保管管理技術を確立すること。減産の要因にもなっているカボチャの収穫を楽にすること。 

厚沢部町・相良農園の相良(さがら)洋平さん

関連記事:さがらマロン(かぼちゃ)を香港へ輸出

まず日本らしい美味しいカボチャを届けたいと、寒冷地での栽培は難しいといわれる栗かぼちゃ(九重栗イレブン)の試作に2015年から着手。4年間をかけて「ホクホク感と甘さの両方をそろえたプレミアムかぼちゃ=さがらマロン」を育て上げた。減農薬にもこだわった。 

2016年には「あっさぶ農匠(のうのたくみ)」という7戸からなる農家グループを結成して生産を本格化、2017年には11戸にまで増えて、再び町ぐるみの連携に広がった。 

廃校になった中学校校舎跡でのカボチャ越冬実験

11月までに収穫の終わったカボチャを長期間保存するために、廃校になった中学校校舎を利用して、温度や湿度管理の実験にも取り組んだ。香港などでは2月初旬の旧正月に縁起物としてカボチャの需要が高まる。そこまで延ばせれば理想的と試行錯誤の末、越冬させての出荷に成功した。

また、カボチャの収穫は一つひとつ、固いヘタの部分をハサミで切って行う。力が要る手作業でとても大変なこの行程に、専用の電動ハサミを導入した。既存の電動ハサミは背負うタイプで、夏は暑くて使いづらい。カボチャの収穫に合った出力にスケールダウンして、腰付けのタイプに改良、収穫作業が大幅に楽になり、効率も上がった。他にも、ドローンの導入、AIアプリによる病害診断などにも取り組んでいる。 

カボチャの葉の画像からAIアプリで病害診断

北海道の未来のために、地域の作り手や担い手の方々と連携して産品の価値、雇用の価値を高めていきたい。 

生産品を余すところなく使ってロスをなくし、雇用も生み出す。(厚沢部町)

大学卒業からちょうど20年。在学中からベンチャーマインドに溢れる仕事を展開してきて、選んだ道は北海道の生産者たちのスタートアップ支援であり、大久保さん自身は黒子に徹してきた。その密度の濃い仕事ぶりを聞くにつれ、北海道の食をグローバルビジネスへ広げることは並大抵の苦労ではないと感じる。しかし大久保さんは、天職を得たかのように、じつに楽しそうだ。 

「道南の生産者さんたちにも、もっと貢献していきたいと考えています。でも海外進出というと、皆さん『やらなきゃなあ、でも毎日の仕事も忙しいし、どうやってやったらいいかわからないし、わざわざ海外に出して本当に現金回収できるのかなあ』と、不安でいっぱいなんですね。でも、だいじょうぶ、やってみましょうと、背中を押してあげたいです」 

「北海道の美味しい食肉」HPを開設、日本語・英語・広東語・北京語で情報発信 
https://www.meat-hokkaido.jp/ (北海道食品開発流通地興)

北海道の食の作り手・担い手の人々に新しいチャンスを開拓すること、単に製品を生産し輸出するのではなく、北海道と世界を繋げ、地域に多様な雇用を生み出し、生産者と共に学び成長していくことが、大久保さんの喜びなのだ。 

「これからも日本の食を海外へ広げていくことを主軸にして、自分のキャリアを発展させていきたい」という大久保さん。広い経験と知識、人脈と信頼関係、ノウハウを次々と別の文脈に展開させていく応用力や発想力、生産者や関係者をあるべき方向へ牽引していくリーダーシップ。そして何より、産品の真の付加価値を上げて利益に換え、生産者へ還元しているからこそ、この20年間のビジネスの発展があったのだろう。まだ42歳。大久保さんの北海道での挑戦はこれからも続く。 

聞き手:DONAN.city編集部  [インタビュー日時:2023年1月18日] 

*写真はすべて大久保さん提供 

2023.04.20

SHARE